圓光院(えんこういん)
小田急線「愛甲石田駅」より徒歩10分
■宗派 高野山真言宗
■所在地 神奈川県伊勢原市石田928
■価格・料金111万円 〜
セット内容は下記すべてが含まれています。
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圓光院とは
寺伝によれば、鎌倉時代、優婆塞、賀学行者の開基とされ、ご本尊には行基菩薩作とされる不動明王を奉安致しております。幾度かの変遷の後、江戸時代、享保年中慶淳上人が中興なされました。
古来、当初鎮守・子安明神他二社の別当として、豊臣・徳川 両家より代々御朱印を下賜せらるる寺院であります。
境内は、鎌倉時代の武将、石田氏の城跡であり、現在でも付近には外堀・土塁等の跡が残っております。馬洗場跡には、今でも水が流れており昔より水神様として親しまれています。石田氏は、三浦一族の系統で、東鏡にも、将軍上洛の際に同行したことが記されております。城主の石田為久は、木曽義仲を弓で射た武将であり、後に北条家との戦いに敗れ石田家も絶えてしまったのです。境内墓地の一郭に、石田為久の碑を建て、おまつりされています。
本堂中央には、ご本尊・不動明王を安置し、その脇仏にもう一体のお不動さまがまつられています。このお不動さまは、近くの見附嶋村にあった宗福寺のご本尊で、明治時代、当山に合併の際に奉安されたものです。脇陣には、観音様三体(聖観音・十一面観音・馬頭観音)が配されています。この仏様は、村の鎮守、子安明神の本地仏であり、明治の神仏分離の令により別当寺院である当山に移されたものです。昔より子安観音として信仰をあつめ、安産・子育ての観音様として、利益・霊験高く、石田村ではお産で死んだ女がいないとの言い伝えがあった程です。
アクセス
<電車>
小田急線「愛甲石田駅」より徒歩10分
(そうてつローゼンを目標にいらして下さい。)
<お車>
<地図>
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